ブリッジワークスの新しい動きをご紹介
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2025.06.16
AIエージェントを使っていて、何度驚かされたかわかりません。
「えっ、そこまでやってくれるの?」
「こっちが頼んでないのに、そこまで仕上げてくる?」
しかも、提案してくる案の多くが、かなり“いい線”をいってます。
かつて、親子ほど歳の離れたあるカメラマンから聞いた話を思い出しました。
「アシスタントの中には、ものすごく優秀な人がいてね…」と。
そのカメラマンは言いました。
「一流カメラマンと同等か、それ以上に詳しい“できる“撮影アシスタントがいる。こう撮る手もある、こんなふうにもできる、ってどんどん提案してくれる。外から見てると、カメラマン本人は撮影アシスタントにお任せで何もしていない。でもね、最終的に“これでいく”と決めてシャッターを押すのはカメラマンだけなんだよ」
今のAIと人間の関係は、この構図に重なります。
今のAIは、まさに“腕のいいアシスタント”。
こうもできる、ああもできる、それもアリ──と、確率的にもっともらしい案を複数出してくれます。
それでも、最後の最後で「こっちでいく」と決める──この決断だけは、人間にしかできません。
逆に言えば──
AIの提案を受け取って、「なんとなくそれっぽいから」で決めても特に問題がないような仕事は、もともとそこまで判断の重みが求められていなかった業務なのかもしれません。
本当に価値ある仕事は「正解がない」。
複数の“正解っぽい”選択肢が並ぶなかで、どれを選ぶか迷いながらも、最終的に「自分はこれでいく」と決めなきゃいけないものだと思います。
私たちは今、AIの力を借りて、候補を広げたり、効率を上げたりできるようになりました。
でも、その「たくさんの正解っぽい選択肢」から、あえて一つを選び、責任を持つ──この役割は、今後も人間に残り続けるでしょう。
どこかに根拠のない“勘”があったり、
誰かの声に影響される“直感”が混じったり、
過去の“失敗体験”が無意識に判断に影響したり──
そうした人間的な判断の“ゆらぎ”ごと、最終的なアウトプットに統合していく。
その作業こそが、AI時代にも変わらず残る「人間の仕事」なのだと思います。